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ジョルジュ・ルオー展 ヴェロニカの視線

 

パナソニック 汐留ミュージアムで、ジョルジュ・ルオー展を見てきました。

 

ジョルジュ・ルオー(1871-1958)が、20世紀最大かつ最後のキリスト教画家と言われるのですが、敬虔なキリスト教徒として知られる画家であり師匠に「ギュズターブ・モロー」に師事してました。

 

彼は、生涯にわたって「受難」「キリスト像」などを主題に、人間の苦悩や慈愛、赦しを表現した画題が伝統的であるいっぽうで、

色つかいがすごく素敵であり、ずっと見たいと思っていたからです。

 

今回の汐留でのジョルジュ・ルオー展のポスターでも・・「ベェロニカ」を選んだのも、行こうかな?!と思った理由でした。

 もう一回、12月8日の日曜日に行こうかなと思っています。

                 

私の友人を連れていきたいからですね。年の離れた自分の息子みたいな年の青年ですが・・

東京案内も含めて。彼の要望もあり、おばさん(外国人)とその息子をつれてきていいですか?と

聞かれたので、即答で「もちろん、大歓迎です」と答えた私です。

 

カトリック教徒でもあるおばさん親子に、東京の有名なカトリック教会や、

カトリックに関する美術館巡りをしたいと思っています。

 

こちら ↓ が今回のポスターです。        

 

ルオーの様々な作品の中でも、この題材である「ヴェロニカ」

 

エルサレムの旧市街地に、「ヴィア・ドロローサ(=悲しみの道)」という道があり、世界中の観光客が

 

イスラム教やユダヤ教のお店が、まるで上野のアメ横の裏街のように横に上に商品を並べて売っている裏道に殺到しています。

 

私も行ったことがありますが・・エルサレムは、ほとんどがイスラム・ユダヤの街です。キリスト教はマイノリティーです。

 

 

 

この「ヴィア・ドロローサ(=悲しみの道)」は、イエスが十字架を背負って総督ピラトの官邸から、

殺される場所である刑場のあるゴルゴダの丘までの道のりのことです。

 

その道のりは、第一ステーションから、第十四ステーションまでのポイントがあります。「十字架の道行き」になります。

その中の第六ステーションが、 今回のルオー展での「ベェロニカ」との出会いのシーンです。

 

イエスが、十字架を担いで歩んでいる中に、ヴェロニカという女性が罵り浴びせられながらフラフラと足を進める中で

血と汗にまみれた顔は歪みまくりましたが、誰ひとりとしてイエスに同情を寄せる人はいませんでした。

 

イエスを知って、師匠として仰いできた人でさえも、兵士たちがたくさんいるその道で同情をなげたならば、ただではすまずに

ひどい目にあうから皆が黙っていました。

 

そんな時に、群衆の中から一人、飛び出してきたのが「ヴェロニカ」という女性でした。

そして布をイエスに渡して、顔を拭くようにとの思いがありました。

 

イエスは、血と汗がついて顔を、ヴェロニカから渡された布で顔をお拭きになり、また彼女に返しました。

 

この布が、今もある「聖顔布」伝説です。布に、イエスの顔が写って今も聖遺物として現存していると言われています。

 

ミュージアムには、ルオーが描いた「聖顔布」はたくさんあり並んでいました。

 

 



◆この第六ステーションの言わんとすること。ヴェロニカの勇気ある行動について

 

第6ステーション、イエス、ヴェロニカより布を受け取る
第6ステーション、イエス、ヴェロニカより布を受け取る

 

    左側がヴェロニカです。(左の絵は、函館教会の十字架の道行きより)

 

    どんなに悲惨な状況でも、勇気がある行動をする人を天は求めているということ。

    

    このヴェロニカのように、人の思惑を恐れずに・・

 

    苦しみの淵にある人に同情と救いの手を差し出す勇気を持つように努力しなさいという事を

 

    この第6ステーションは、教えてくれています。

 

    そして、ルオーが描きたかったのは、その思いを心に秘めて、苦しみの顔に歪んでいる

    

    イエスを見つめる目だったのだと私は思います。

 

 

 

             本当に素敵な目です。

 

             口元が開いていることにも、きっと深い意味が隠されている絵です。

 

             ルオー展をみて、私が感じたのは、画家としてのルオーではなく「聖職者」としてもルオー

 

             そして「エバンジュリスト」としてのルオーでした。

 

             

             汐留ミュージアム・・素敵な教会でした。