自分の体外受精の失敗の歴史から・・essenceを抜けますか? 歴史から学ぶ大切さ

 

名も知らぬ公園に咲いていた「白梅」のワンショントです。 私の家がある群馬、その近くの公園。

 

270度全面が・・・

白梅の花で覆われていました。

 

https://youtu.be/ERuMivMsk6U

 

   ↑ 動画をUPしました(笑)

実はこれ・・・はじめて自分でみた景色を動画UPしてみました。30秒です。

 

最後に 少し ある夫婦が二人だけで 「マシュマロ」を焼いて食べていました。 デザートでしょう。

 

この名も知らぬ公園には・・すごく不似合いな『無料キャンプ施設』がそろっており

 

よく ここをこの夫婦はみつけたなぁと思っていました。  

 

土手の向こう側には・・静かな川が ゴルフ場に隣接しており・・空には「気球」や「グラーダー」が

 

よく飛んでいるところなのです。 

 

 

この動画は 私がぐるりと270度回転しているので 全体の景色がみえると思います。

 

私も一人で、オートバイに「コーヒーを沸かすセット一式」を積載して持っていきました。

 

こんな春の始まりの中での・・「珈琲」は 格別でした。

 

 

それと・・本も持参。

 

私は世界史が好きなので 今回は歴史の本をもって行きました。

 

よく愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」というフレーズを聞いたことがあると思います。

 

これは鉄血宰相のドイツのビスマルクの言葉ですが、

 

このフレーズは・・ほんとに見事に独り歩きしており

 

オリジナルの言葉とだいぶかけはなれている。

 

 

で・・オリジナルではビスマルクはなんて言ったのか?というと

 

「愚者だけが自分の経験から学ぶと信じている。

 

私はむしろ・・ 最初から自分の誤りを避けるために、他人の経験から学ぶ」というのが直訳。

 

 

 

「このessence(=本質)は わかったぁ!!!」

 

「歴史から学んだぁ!!!」と叫んだ人は 東京の本屋にたくさんいるでしょう(笑)

 

 私も、ご多分に漏れず 愚者の一人です。

 

 

「ん?」

 

「でも 違う・・・」

 

もっと大切なことは、

 

なぜ人は「歴史に学ぶことができないのか?」

その理由を知ることが もっと大事ですね。

 

年号や出来事を人物の名前を覚えても確かに大学入試はクリアできますが それは単なる知識に

 

過ぎず、実際に使えるとしたらただの教養レベルでしょう。 

 

あまりこの日本の地べたでは使えない。 (英語を使って深く相手と分かり合いたいと思うならば

 

自然と歴史や聖書の考えもパラパラと入れている人も少なくないでしょうが・・・)

 

でも 普通の生活をしているならば 歴史など知らなくても生きていけてしまいますよね?

 

 

 

 

じゃあ 何かのキッカケで歴史書を紐解いて気がつくとことといったらならば・・・

 

「経験と歴史」が教えてくれるのは、民衆や政府が何かを学ぶと言ったことは一つもないです。

 

だから 同じことが延々と繰り返されえているのが・・世界史、現代史。

 

さらに その本を読み解いみても・・

 

歴史から引き出された教訓に従って行動したことなど全くない!! 

 

それがよく分かるのが、実は・・「歴史書」です。

 

だから・・事実であるFACTをリアルに知りたい人向けだから 一般にはオタク扱いされる訳です。

 

じゃあ オタクはその本から何を学んでいるのか?というと・・さまざま。 

 

 

 

だから 歴史書をみる時は、その「歴史」の裏にある「哲学」をみないとよくわからないのです。

 

哲学にも・・・必ず勝つ哲学もあれば、 やっぱり必ず負ける哲学もあります。

 

 

1)必ず勝つ哲学・・ 勝ちには色々な意味があります。  

 

2)必ず負ける哲学・・ 負けが本当にその人や民族の負けにつながるとは言えないのも事実。

 

 

あなたは・・(1)と(2) どちらを選びますか?

 

不妊治療で勝利をしても その先で負けていたら意味がない。  

 

その人の世界観や人生観の問題が 大きく横たわってる。 

 

 

 

 

Q:自分のARTの歴史から・・ちゃんとessenceを

  抜き出して それを次につなげていますか?

 

 

 

 

先程 「essence(本質)」という言葉を使いました。

 

この本質をぬと切り それを自分の身近な行動指針に落とし込むのがむずしかしいです。

 

それが歴史書にかかれていないから 歴史にのめり込む人が多いでしょう。

 

 

考えてみてください・・ これって皆様のARTと同じですよ。

 

とりあえず・・ 目の前には「失敗して歴史」が横たわっている点が同じ。

 

その歴史から何かを学ばずに・・ ネット情報に指がうごいてスワイプする。 ネット依存。

 

体験からessenceを抜き出して・・それを 次の行動に活かすことまでは 

 

皆様のART歴書には、書かれていない。 体験だけを偏重してしまうと 

 

その悪い歴史だけを繰り返してしまいがち。

 

 

 

 

 

これって そのまま 皆様のやっている「ART治療」です。

 

行き詰まる。

 

もう一度 ビスマルクの原訳を書いてみましょうか?

 

「愚者だけが自分の経験から学ぶと信じている。

 

私はむしろ・・ 最初から自分の誤りを避けるために、他人の経験から学ぶ」

 

 

ARTの世界では 自分が知識を知っていると思っている人は、

 

自分がしてきた表面的な治療しかしらない。 

 

だからこそ、他人の経験を「ケーススタディ」として学び 、また同じ体外受精の失敗をしないように

 

網を張る。そこに落ちないようにする為に。

 

 

だから うちのクラアントさんたちは、採卵と採卵の間に何をすべきか?

 

自分のARTの歴史から学んでいるので強いのだと思います。

 

 

自分のART歴史から ART医療者という「第3の目」を持つことで essenceを毎回引き出している。

 

それは採卵周期にはいっても変わらない。

 

予想するチカラが自然と身についているので、Dr.とのcommunicationがスムーズ。

 

だから 成功する時も失敗する時も・・その経験を次の周期に活かすことがみんなできる。

 

これが 広義のディテーリングです。

 

私がConferenceの時に ケーススタディを入れるのもその為です。

 

そして Web上の共有ファイル(エクセル推移表)をお互いにみながら・・ ケーススタディーになるとような

 

質問をするのも その為です。 

 

 

 

 

 

すべては この漢字2つ文字の為に・・・